昭和49年04月21日 朝の御理解



 御理解 第1節
 「今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ。」

 大変難しいことだろうと思います。私もよくは判りませんけれども、教祖様が天地金乃神様からお知らせを受けられて、私共人間の本当の幸せが立ち行くように御教え下さってある。言うなら天地の心であり、天地の声である。その御教えに触れて、翻然として、ああそうだったのか、私の生き方は間違っておった。そういう生き方が天地の中には、そういう道があったのかと、翻然として来た時に私は天地の開ける音を聞いて目を覚ました時ではなかろうか思います。
 ただ、おかげを頂くからお参りをしているというのでは、まだ本当の事ではない。天地の道理をお説き下され、天地の御恩徳を説いて下さる、今まで感謝の心もなかった者が、全てのものに感謝の心が生まれて来、人間の道も信心の道も判らなかった生き方をしておった者が、いわゆる天地に道あり。天地に道があることを聞かしてもろうて、悟らしてもろうてその天地の道、いわゆる道理に合うた生き方をさしてもらう。
 是だこれが人間の本当の幸せの道だというふうに翻然として来た時が、私ははっきり天地の開ける音を聞いて目を覚ました時ではなかろうか。そこから信心の第一歩、本当の意味においての信心の第一歩だと思うんです。ですから道理を判らなければおられんのであり、道理に合うた生き方をしなければおられんのであると言う事。そういう生き方の中から、御理解第二節に教えておられますように。
 「先の世までも持って行かれ子孫までも残るものは神徳じゃ」と言う様な、これはそういう生き方をすることによって、いよいよ神様の御信任・御信用が付いてくる。そういうおかげを御神徳というのである。しかもそれはあの世までも持って行け、子孫にも残ると仰せられるのだからと、判らしてもらう。私はそんなふうに思うんです。ですからお互い天地の開ける音をね、どういうふうに頂くかと。昨夜、私共帰りましたのは、ちょうど日田で十二時半でした。
 ですから一時ちょっと過ぎぐらいじゃなかったでしょうか、それから後のついて来んならんはずの車が、待てども待てども来ません。それから、高橋さんが日田の方へ電話をなさったそうですが、もう十分か二十分前に出たとこう言う。それがあちらで、久留米の佐田さんが、車に乗って行かれておられた車に乗って帰って来なければならんのですけれども、それがあちらで、置いてある間に雨にぬれたかなんかで、動かなくなった。それを修理しよった。
 そしてとうとうそれが動かんもんですから、一台の自動車に五人乗って、皆ようやく帰って参りました。それでもう休ませて頂く時は丁度もう二時半でした。帰りましたら家内がまあだ起きとったようなふうで出てきましたから、それがもう今日は、総子がお腹のせくかなんか熱発して、もう「お祖母ちゃんお祖母ちゃん」ちゅうてから、はずさんもんですからとこう言う。
 私は本当に神様に、直ぐそのことを、昨日の朝の御理解を思わせて頂きまして、神の前をあけてはならんとか、留守をする者はとか言う、あの御理解をお詫びさせて頂いておりましたら。『ここの食堂に、あれはサントリーのウイスキーから出ておる何か贈り物でしょうか、人形が、テレビなんかでも出ますよね。高い帽子を被ったずっくりとしたあのう人形なんですが、木で出来た人形です。その帽子のところだけ』を頂くんですよ。昨日若先生をはじめ、修行生の方達がどういうような留守を致しましたか。
 どういう内容で、言わば御取次の神業(かんわざ)に心血を注ぐ修行をさせてもらったか、ここにご無礼が出来ておるなと、まず信心は御教えは心で判ること。頭でも判ること。心でも判ることこれが本当。ところが心でも判っとらん。頭でも判っとらん。帽子で判っとるぐらいじゃと私は思います。それから今朝また今朝はまた私は家内に、もう一時間だから眠れないと思っとったけれど、やっぱり眠ってた。それで「親先生、時間ですよ」と言われたもんだから、もうびっくりしてから、それこそ跳ね起きてですね。
 それから顔をぶくぶく洗うて、いつもお手洗いに行くけれどもお手洗いにも行かずに、着けて、まだ子供達が全然来てませんから、一人でこちらへ出て参りまして、あのうけれどもこちらはまだひっそりとしてますし、天地を遥拝させてもろうて、金光様にもご挨拶を申さしてもらいました。それでちょっと時計を見たところが、丁度いつもの時間です。ああこら時計も見らんで来たことが、折角子供達が三人で御用させて貰っておるのに、それから私また帰りましてからね。
 そしたら子供達が皆揃いましたから、何時もの様にこうして奉仕させて頂いたんですけれども直子だけが来てません。それで栄四郎と幹三郎が二人「姉さんは昨夜ほとんど寝てないから、ちょっと遅くなると言いよるから」と言うので「ああそうか」と言うて三人で出て参りましたら、また合間のう直子も出て参りました。「なんでそんなに昨夜遅かったか」と言うたら、「昨夜は少年少女会の中に一人熱発をする人があって、ずうっと言わば介抱しよったんだ」と、もう愈々私はそれを思いましたですね。
 本当にこの御取次の御用、言うならば、神の留守を与る者の真剣な神様への取り組みというものが、これはなら、昨日ここの丸少の子供だけではない。私どもの孫だけではない。他にもそういうです。例えば働きがあっておったかも判らん。油断をすると言う事はこう云う事だ。そう言う様な事をです。何か今まではそうでもなかったけれども、はっきり御取次の御用というものは神の留守を与るという者が、どのくらい真剣であらなければいけないかと言った様な事を、何か判らされた様な気が致します。
 言うなら私は目が覚めた様な気が致しました。どう言う様な事になっておったか、それはまだ私は聞いてもおりませんけれども、後で頂くお知らせがです。例えば心で判らなきゃならない。頭でも判らなきゃならない。心で判らなきゃならない。心で判った時が翻然とする時だ。本当、今日は親先生が留守の事を、あのようにやくやく頼まれて行かれたのだから、本気で御結界の御用を、というふうに頂き方に取り組んだか、それは成程形の上では出来たかもしれません。
 けれどもそれを言うならば頭で判ってもいなかった。上に帽子で判っとった程度のことじゃった。と言う様なお知らせを頂いてから、そんなふうに思わせて頂いたんですけれども日々の御理解をです。皆さんがね頂いてはあそうだと思うて、翻然とした生き方がその日出来ると言う事はです。私は本当の意味においての事はよく私も判りませんけれども、今天地の開ける音を聞いて目を覚ましての日々だと言う事になり、また御理解第二節に「あの世までも持って行かれ子孫までも残る」と言われる程しのものはです。
 そこん所が翻然として信心に取り組んだ時、例えば教えを本気で守らないのはね、体で守ってない。心で守ってない。頭だけでも判ってない。今日の御理解が何にもなってない。ただ被っとる帽子に所で判っとる位な事だから、帽子を取りゃ何もないと言う事になる。理屈だけああそうかと判っただけでもいかん。矢張り心で判らして頂いて、それを五体全体で現わして行くという生き方の中からです。成程教えを身を以て行ずると言う事は、こういう働きこういうおかげにもなるんだと。
 言うなら小刻みに判らして頂いて始めてです。天地の大恩も身を以てまた天地の道理を思う。段々深く判らして頂く事が出来る。段々に翻然として来るのでないかと思う。それはその人によって違います。本当教祖様に初めてまみえた時にです。もう教祖様の御教えを頂いて、もうその場で天地の開ける音を聞いて目を覚ましたという方もあります。甘木の初代なんかは、初めて小倉の親先生にお目にかかられて、一日御理解を頂かれてです。天の恩を説く者はあるけれども、地の恩徳を説かれる。
 何と言う大変な御教えであろうか。それこそ、足元が飛び立つ思いで翻然とされたと言われております。それこそびっくりなさったんです。足元から鳥が飛び立つような思いで、判ったとこう言われている。そこから本当の信心が出来ておられる。私共の場合は、日々こうやってお参りをし、おかげを頂き頂きだけれどもです。先程も申しますように、御教えというのは言うならば、神の心であると同時に、神の声なのだ。
 御理解は、神様の目であり、耳であり、または口であると言われております。それを頂いて、私共が翻然として判らして頂くために、私共の場合は、そこに行がなされる。それを守らしてもらって初めて、教祖様は嘘をおっしゃっていないんだということが判る。そしてこれを本気で、いわゆる本気で教えというものは、取り組まなければいけないということが判ってくる。
 そこから段々翻然としたものが身に付いてくるというのが、私共一般の者の言うならば、目を覚まして行くというか、自然に目を覚まして行くと言う生き方じゃないでしょうか。「今天地の開ける音を聞いて目を覚ませ」もう御理解のしようがない程にどういうことか判りません判りませんけれども、今日は私そのようなふうに聞いて頂きましたですね。   どうぞ。